交通事故の被害者側に特化した札幌の法律事務所

桝田・丹羽法律事務所

  • 2015年4月

減収がない場合の逸失利益の認定について

2015/04/30

不幸にも交通事故で傷害を負い後遺障害が残った場合、例えば、大腿切断、視力低下といった後遺障害が残った場合、労働能力(ここでは、肉体労働を想定した一般的な平均的労働能力を意味します。)が減少します。
労働能力が減少するために、将来発生すると認められる収入の減少のことを後遺障害による逸失利益といいます。

後遺障害により、多くの場合では、労働能力の減少による減収(逸失利益)が生じますが、しばしば、事故前と同様、あるいはそれ以上の収入を得ている方もいます。

例えば、公務員の方や、サラリーマンの方の場合、事故前後で給料の額が変わらないことがあります。
このような場合に、後遺障害による逸失利益は認められるか、という問題があります。
 

最高裁判例

この点に関して、最高裁昭和42年11月10日判決は、
「損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるから、労働能力の喪失・減退にもかかわらず損害が発生しなかつた場合には、それを理由とする賠償請求ができないことはいうまでもない。」と判示しました。
 
また、最高裁昭和56年判決は、
「かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。」
「現状において財産上特段の不利益を蒙っているものとは認め難いというべきであり、それにもかかわらずなお後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには、たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。」と判示しました。

以上の最高裁判例は、現実に生じた具体的な収入額の差異を離れてある程度抽象的に逸失利益の発生を捉えることを認め、後遺障害による労働能力の喪失による損害を、被害者の後遺障害の部位、程度、被害者の年齢、性別、現に従事している職種等を総合的に考慮しながら評価しているものと考えられています。
 

下級審裁判例の分析

以上の最高裁判例後の下級審裁判例を分析すると、大きく分けて、以下の3パターンに分類できます。
1 逸失利益を否定したもの
2 後遺障害に対応する労働能力喪失率どおりの喪失率を認めたもの
3 労働能力喪失率を変動させたもの

具体的に、下級審裁判例は、
①将来の昇進・昇給等における不利益
②業務への支障
③退職・転職の際の減収の可能性
④勤務先の規模、存続可能性等
⑤本人の努力
⑥勤務先の配慮等
⑦生活上の支障
といった諸事情を考慮して、逸失利益の有無、額について判断していると考えられます。

事故前と同様、あるいはそれ以上の収入を得ている場合でも、後遺障害による逸失利益が認められる場合はありますが、認められるためには、上述した諸事情についての細かい主張及び立証が求められるものと考えられます。


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後縦靱帯の骨化を理由に素因減額を認めた裁判例-最判平成8年10月29日-

2015/04/23

後縦靱帯の骨化を理由として30%の素因減額を認めた裁判例です。
事案を正確に理解するために、第一審から確認していきます。
 

第一審-大阪地判平成2年5月11日-

大阪地裁は、事故の2日後に撮影されたレントゲン画像において、第三頸椎から第六頸椎に後縦靱帯の骨化が認められるとして、被害者の症状は、後縦靱帯の骨化により脊髄が圧迫を受けて麻痺を起こしやすい状態になっていたところに衝撃が加わって発症したと認定しました。
しかしながら、
①被害者が後縦靱帯骨化という身体的素因を保有するに至った事情に責められるべき点がない
②本件事故前、症状は発現しておらず、健康に働いていた
③軽微とはいえない衝撃が頚部に加わり、症状が出てきた
として、後縦靱帯骨化症を原因とする素因減額は認めませんでした。
(ただし、心因的要因を理由として、2割の素因減額をしています。)
 

控訴審-大阪高判平成5年5月27日-

大阪高裁は、以下のとおり、理由付けを補充して、大阪地裁の判断を支持し、素因減額を否定しました。
①本件事故前、頸椎後縦靭帯骨化症に伴う症状は何ら発現しておらず健康な日々を送っていた
②頸椎後縦靭帯骨化症は、発症の原因も判らないいわゆる難病の一種であるが、近年、特に本邦においては決して稀ではない疾患である
③被害者が後縦靱帯骨化症に罹患するについて何ら責められるべき点はない
④本件事故により頸部に与えた衝撃は決して軽いものではない
⑤腰痛症や老化からくる腰椎や頸椎の変性等何らかの損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者は多数存在している
 
ただ、判断の前提として、被害者が本件事故前から頸椎後縦靭帯骨化症に罹患していたことが、治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることは明白であると認定しています。
この認定が、最高裁で判断を変更される原因になったと思われます。
 

最高裁-最判平成8年10月29日-

最高裁は、
「本件において被上告人の罹患していた疾患が被上告人の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるというのであるから、たとい本件交通事故前に右疾患に伴う症状が発現しておらず、右疾患が難病であり、右疾患に罹患するにつき被上告人の責めに帰すべき事由がなく、本件交通事故により被上告人が被った衝撃の程度が強く、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者が多いとしても、これらの事実により直ちに上告人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに当たらないとはいえず、損害の額を定めるに当たり右疾患を斟酌すべきものではないということはできない。」として、大阪高裁の判断を破棄しました。
 

差戻控訴審-大阪高判平成9年4月30日-

 
最高裁の破棄を受けて、大阪高裁は、損害の額を定めるに当たり後縦靱帯骨化症を斟酌すべきものでないということはできず、本件事情に鑑みると、被害者に生じた損害に対する後縦靱帯骨化症の寄与度は3割とみるのが相当である等として、30%の素因減額をしました。
 

まとめ

事故発生時に後縦靱帯の骨化が存在していた場合、仮に、事故前に何らの症状も存在しなかった場合であっても、素因減額され得るという意味で、後縦靱帯骨化の身体的素因を有する被害者にとっては、厳しい判断といえます。
 
ただ、最終的に、30%の素因減額との判断がなされましたが、判決文上は、なぜ、素因減額の割合が10%でも50%でもなく、30%と判断されたのかは見えてきません。
脊柱管の狭窄率などが具体的に検討されている様子も窺えません。
そういう意味では、後縦靱帯骨化による素因減額が争点となった際、具体的な素因減額率を定める基準にはなりにくい裁判例といえます。


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骨粗鬆症を理由に素因減額を認めた裁判例-さいたま地裁平成23年11月18日判決 -

2015/04/21

この事案は、被害者が急斜面を徐行することなく進行してきた自転車と衝突して、左大腿骨頚部骨折の傷害を負い、加害者に対して損害賠償請求したというものです。

被害者の女性(35歳)は、身長150センチに対して、体重が僅か28キロしかなく、鑑定の結果、左大腿骨頚部の骨密度は、70歳から75歳に匹敵すると認定されています。
 
加害者側は、90%を超える大幅な素因減額ないし被害者に寛大な基準を参考としても70%の素因減額が認められるべきと主張しました。
 
被害者側は、素因減額は認められるべきでないとしながら、予備的に、仮に素因減額が認められるとしても、10%を超えるものではないと主張しました。
 
これに対して、裁判所は、
原告の重篤な左大腿骨頚部骨折の傷害は、〔1〕原告の骨粗鬆症の素因と、〔2〕本件事故により原告が被告運転の被告車に身体の右側面を突然に衝突されたため、防御の姿勢を取ることができないまま、身体の左側部を地面に強く叩き付けられたことによって左大腿骨頚部に強い外力が加わったことが、ともに原因となって発生したものと推認することができる
として、骨粗鬆症と事故の両方が骨折の原因となったと判断しました。
その上で、近時は、骨粗鬆症が若年層にも増えてきていること等にも触れつつ、最終的に20%の素因減額を認めました。
 
骨粗鬆症については、一般的に、高齢者に関しては、容易に素因減額が認められることはありません。
若年者についても、限定的な場合にのみ、素因減額なされる傾向にあります。
本事案は、若年者について、骨粗鬆症による素因減額を認めた一例に該当します。


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