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  • 素因減額

後縦靱帯の骨化を理由として素因減額が認められた裁判例-大阪地判平成24年9月19日-

2015/05/02

本件は、事故以前から存在した後縦靭帯の骨化を理由として、50%の素因減額が認められた事案です。
 

事故の衝撃

事故態様は、被害者が後部座席に乗車中のタクシー後部に、加害車両が衝突したというもので、加害車両には、ヘッドライトの若干のズレ、ボンネットの若干の浮き上がり等の損傷が生じていましたが、被害者が乗車していたタクシーの後部には目視で分かるほどの損傷はありませんでした。
 
車両の損傷状況からすると、それほど大きな衝撃を受けたとは評価できません。
 

後遺障害の程度

傷病名:後縦靱帯骨化症による脊髄損傷不全麻痺
5級2号
 
79%の労働能力喪失率とされる後遺障害等級5級が認定されていますので、かなり重い後遺障害が残っていたと評価できます。 
 

事故前の後縦靱帯骨化症の症状の発症の有無

本件事故以前から、後縦靱帯骨化症による症状を発症していたと認めるに足りる的確な証拠はないとして、本件事故以前の後縦靭帯骨化症の症状の発症は否定されています。
したがいまして、事故前の症状の発症はないということになります。
 

事故時の脊柱管狭窄率

事故から10ヶ月後の狭窄率 50%に至る
後縦靱帯の骨化は緩徐にしか進行しないといわれていますので、事故時にも50%程度の狭窄率であったと推測されます。
 

素因減額の理由

裁判所は、以下の3点から、素因の寄与度が5割であると認定して、50%の素因減額を認めました。
①もともと後縦靱帯骨化の素因が存在したこと
②事故が軽微で通常であれば頚椎捻挫を受傷するに留まる程度であること
③狭窄率50%に至る状態であったこと
 

コメント

本判決はかなり詳細に後縦靱帯骨化症の病態について認定した上で、素因減額の判断をしています。
 
理由付け部分で、明確に、事故態様からすると通常であれば頚椎捻挫を受傷する程度であると述べていることからして、裁判官は、事故態様にしては後遺障害が重すぎるという印象を持ったように読み取れます。
 
ただ、本件では事故以前に後縦靱帯骨化症の症状は存在しなかったと認定されていることからすると、50%の素因減額は、率が大きすぎるような印象を受けます。
 
本件で、50%もの素因減額が認められた一因は、事故後の症状の発症の経緯が影響していると思われます。
本件では、事故直後には被害者には症状がなく、被害者は徒歩で帰宅しています。
そして、明確に歩行困難等の脊髄症状が出現したのは、事故から半年程度が経過した時期でした。
 
このような緩やかな症状の発症経緯からして、被害者の後遺障害の相当部分は、後縦靱帯骨化症の影響によるものだと判断されたと考えられます。




後縦靭帯骨化症を理由に素因減額を認めた裁判例-大阪地判平成13年10月17日-

2015/05/01

本件は、事故以前から存在した後縦靭帯骨化症を理由として、50%の素因減額が認められた事案です。
 

事故の衝撃

事故態様は、停止直前の被害車両に加害車両が後方から衝突したことにより、被害車両は約1.5m前方に押し出されて、停止していた前車に更に衝突させられて、前車は約1.9m前進して停止したというものです。
被害車両は、加害車両による衝突と前車への衝突の2度の衝突を受けており、被害者は相当程度の衝撃を受けたといえます。
 

後遺障害の程度

傷病名:中心性頸髄損傷
頸椎部の著しい運動障害 6級5号
脊髄損傷 7級4号
併合4級
 
92%の労働能力喪失率とされる後遺障害等級4級が認定されていますので、かなり重い後遺障害が残っていたと評価できます。
 

事故前の後縦靱帯骨化症の症状の発症の有無

被害者は、本件事故の約3年前にも交通事故に遭っており、その際、後縦靭帯骨化症の診断を受けていました。
症状は重くなかったものの、手指の痺れ、頸部の可動性低下、頸部痛等の症状が認められています。
つまり、本件事故以前に既に、後縦靭帯骨化症の症状を発症していました。
 

事故時の脊柱管狭窄率

第4頸椎 59.3%
第5頸椎 61.5%
第6頸椎 67.9%
 
いずれも、50%を超えており、狭窄率が40%を超えると脊髄症が発症しやすいといわれていることからすると、かなり狭窄が進んでいたと評価できます。 
 

素因減額の理由

裁判所は、以下の4点を挙げて、本件事故によって生じた損害を全て加害者に負担させることは公平を失するとして、50%の素因減額を認めました。
①現に後縦靭帯骨化症の症状が認められたこと
②脊柱管の狭窄率が50%を超えていること
③本件事故の態様
④後遺障害の程度
 

コメント

判決に書かれた理由からだけでは、裁判官の心証を正確には把握できないのですが、推測するところ、事故態様にしては後遺障害が重すぎるという印象を持ったように読み取れます。
 
それに加えて、事故以前から後縦靭帯の骨化だけでなく、骨化による症状が認められていたこと、狭窄率が一番進んだ部位で67.9%もあったことが、50%という大きな割合の素因減額につながったと思われます。



後縦靱帯の骨化を理由に素因減額を認めた裁判例-最判平成8年10月29日-

2015/04/23

後縦靱帯の骨化を理由として30%の素因減額を認めた裁判例です。
事案を正確に理解するために、第一審から確認していきます。
 

第一審-大阪地判平成2年5月11日-

大阪地裁は、事故の2日後に撮影されたレントゲン画像において、第三頸椎から第六頸椎に後縦靱帯の骨化が認められるとして、被害者の症状は、後縦靱帯の骨化により脊髄が圧迫を受けて麻痺を起こしやすい状態になっていたところに衝撃が加わって発症したと認定しました。
しかしながら、
①被害者が後縦靱帯骨化という身体的素因を保有するに至った事情に責められるべき点がない
②本件事故前、症状は発現しておらず、健康に働いていた
③軽微とはいえない衝撃が頚部に加わり、症状が出てきた
として、後縦靱帯骨化症を原因とする素因減額は認めませんでした。
(ただし、心因的要因を理由として、2割の素因減額をしています。)
 

控訴審-大阪高判平成5年5月27日-

大阪高裁は、以下のとおり、理由付けを補充して、大阪地裁の判断を支持し、素因減額を否定しました。
①本件事故前、頸椎後縦靭帯骨化症に伴う症状は何ら発現しておらず健康な日々を送っていた
②頸椎後縦靭帯骨化症は、発症の原因も判らないいわゆる難病の一種であるが、近年、特に本邦においては決して稀ではない疾患である
③被害者が後縦靱帯骨化症に罹患するについて何ら責められるべき点はない
④本件事故により頸部に与えた衝撃は決して軽いものではない
⑤腰痛症や老化からくる腰椎や頸椎の変性等何らかの損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者は多数存在している
 
ただ、判断の前提として、被害者が本件事故前から頸椎後縦靭帯骨化症に罹患していたことが、治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることは明白であると認定しています。
この認定が、最高裁で判断を変更される原因になったと思われます。
 

最高裁-最判平成8年10月29日-

最高裁は、
「本件において被上告人の罹患していた疾患が被上告人の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるというのであるから、たとい本件交通事故前に右疾患に伴う症状が発現しておらず、右疾患が難病であり、右疾患に罹患するにつき被上告人の責めに帰すべき事由がなく、本件交通事故により被上告人が被った衝撃の程度が強く、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者が多いとしても、これらの事実により直ちに上告人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに当たらないとはいえず、損害の額を定めるに当たり右疾患を斟酌すべきものではないということはできない。」として、大阪高裁の判断を破棄しました。
 

差戻控訴審-大阪高判平成9年4月30日-

 
最高裁の破棄を受けて、大阪高裁は、損害の額を定めるに当たり後縦靱帯骨化症を斟酌すべきものでないということはできず、本件事情に鑑みると、被害者に生じた損害に対する後縦靱帯骨化症の寄与度は3割とみるのが相当である等として、30%の素因減額をしました。
 

まとめ

事故発生時に後縦靱帯の骨化が存在していた場合、仮に、事故前に何らの症状も存在しなかった場合であっても、素因減額され得るという意味で、後縦靱帯骨化の身体的素因を有する被害者にとっては、厳しい判断といえます。
 
ただ、最終的に、30%の素因減額との判断がなされましたが、判決文上は、なぜ、素因減額の割合が10%でも50%でもなく、30%と判断されたのかは見えてきません。
脊柱管の狭窄率などが具体的に検討されている様子も窺えません。
そういう意味では、後縦靱帯骨化による素因減額が争点となった際、具体的な素因減額率を定める基準にはなりにくい裁判例といえます。

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